2021/4/16 土橋美香 1 胎児の権利能力
権利能力とは権利・義務の主体となりうる地位または資格をいい、私権の享有は、出生に始まる(法3条1項)。
出生の意義については一部露出説を採用する刑法と異なり、民法では母体から完全に分離した時点を言う(全部露出説)。
民法では胎児の権利能力について例外を設けており、不法行為に基づく損害賠償請求(法721条)、相続(法886条)、遺贈(965条)の各場合においては、胎児は生まれたものとみなされる。
2 停止条件と解除条件
停止条件とは、当該条件が成就することによって法律行為の効力が発生する条件をいう(法127条1項)。
他方、解除条件とは、当該条件が成就することによってすでに発生している法律行為の効力が消滅する条件をいう(法127条2項)。
3 不法行為に基づく損害賠償請求
・停止条件説を採用した場合
この場合、胎児の間に権利能力を認めないことになるので、親権者又は未成年後見人(以下、「法定代理人」という)は、子が出生してからでなければ、胎児の代理人として損害賠償請求を行うことはできない。
死産の場合は、条件が成就しないので、胎児の権利能力が発生することはなく、胎児を代理して損害賠償請求するようなことは生じない。
・解除条件説を採用した場合
この場合、胎児の間の権利能力を認めることになるので、子が出生する前に、法定代理人は子を代理して損害賠償請求を行うことができる。但し、大判大正4年判例が指摘するように、胎児の法定代理人は誰かという問題は依然残るが、この説を採用する以上、胎児は生まれた人(未成年者。法4条)として扱うため、親権者又は未成年後見人が代理すればよい。
死産の場合は、胎児のときに遡って権利能力が消滅するので、法定代理人が胎児の出生前にした損害賠償請求や和解等は無効となる。
4 相続
・停止条件説を採用した場合
出生までは胎児の権利能力を認めないので、胎児が出生してから、法定代理人が遺産分割協議等を行うことになる。但し、胎児の父が死亡した場合には、胎児と母とは利益相反となるので、胎児の特別代理人選任申し立てが必要となる。
胎児の出生前に、胎児の権利能力を無視してなされた遺産分割協議は、胎児の出生とともに法定相続人の範囲が異なることになるので、無効となり、再度遺産分割協議をやり直さなければならない。
死産の場合は、遺産分割の問題等は特段生じることがない。
・解除条件説を採用した場合
胎児の段階で権利能力を認めるので、胎児の出生前に、法定代理人又は特別代理人は、胎児を代理して遺産分割協議に参加することができる。
胎児を相続人とする相続登記も可能である(明治31年10月19日1406)
生まれる前に胎児を代理してなされた遺産分割は、死産の場合、協議をやり直さなければならない。
5 遺贈
・停止条件説を採用した場合
出生まで胎児の権利能力を認めないので、遺言の際には権利能力の無い者に対する遺言をすることになる。また、遺贈者の死亡時にも生まれていない場合は、遺贈を受けることができず、生まれてから遺贈を受けることになる。
仮に、遺贈を受けた胎児の権利能力を無視してなされた遺贈者の相続手続きは、出生と同時に無効となる。
死産の場合は特段問題が生じない。
・解除条件説を採用した場合
胎児の段階で権利能力を認めるので、遺言の際及び遺贈の効果が発生する際にも特段の問題は生じない。
問題となるのは、一旦胎児の段階で遺贈を受けたにもかかわらず、死産の場合であるが、この場合は、初めから権利能力を有してい なかったことになるので、相続手続きを再度やりなおす他はない。
6 さいごに
停止条件説を採用したと言われる大正4年と比べて、死産の可能性は大幅に低くなっているため、早期の法的安定性を考えると解除 条件説が妥当と考える。
特に、損害賠償請求では不法行為の日から遅延損害金が発生すること、殊更胎児を受遺者とする遺贈をした遺贈者の意思を尊重する必要があることから、損害賠償と遺贈の場面ではなおさらである。この2つの場面においては、両親と胎児の利益相反の可能性も高くはないため、(未成年と同様に親を法定代理人として扱うのであれば)家庭裁判所に対して特別代理人の選任申立をしなければいけない場面も少ない。
しかし、相続においては、胎児以外の利害関係人に及ぼす影響も大きく、解除条件説を採用した場合であっても、できることなら胎児の出生を待って手続きすべきではないだろうか。
以上
【文字数1818字】
参考文献・引用文献
民法講義録 改訂版 新井誠・岡伸浩 日本評論社 2020年 p10〜p14
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