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    日本に懲罰的損害賠償制度(ないしそれに代わるもの)を
   導入することの是非


1、アメリカにおける懲罰的損害賠償
 日本における懲罰的損害賠償制度導入を語る前に、懲罰的損害賠償制度が「確立されたコモン・ローである」とされてきたアメリカの議論を概観する。
 まず、アメリカにおいて最初に懲罰的損害賠償を合憲とした先例とされるものとして、1851年のDay vs Woodwoothで合衆国最高裁判所裁判官Grierが、「不法侵害訴訟やあらゆる不法行為訴訟において、陪審が、原告への補償の基準ではなく、被告の行為の非道さ(enormity)の観点から、被告に対して、exemplary,punitiveまたはvindictive damagesと呼ばれる損害賠償を課すことは、十分に確立されたコモン・ローの原理である。」と述べた。
 その後も、合衆国では懲罰的損害賠償制度が発展し、これまでに多数の先例の集積があるが、企業法務の観点から議論を呼んだ事件として、以下に述べる「フォード・ピント事件」が注目される。
(1)フォード・ピント事件
 1960年代後半、フォード社は、日本製小型車との競争のため、軽量廉価のサブコンパクト車「ピント」を設計した。
 ピントの設計は、異例のスピードで進められ、スタイリングの決定が技術的設計に先行した。その結果、ガソリンタンクの最適位置は後部車軸とバンパーの間と決められた。この構造では、後ろからの衝突でボルトがタンクを刺し通し、炎上するおそれがあった。
 そこで、フォード社の自動車安全担当取締役は、「衝突事故がもたらす燃料の漏洩と火災による死亡事故」という文書を作成した。その中では、以下の計算により、フォード社は、設計改善費用が社会的利益を上回ると判断し、そのまま販売を続けた。
   改善費用   1250万台×単位費用11ドル=13700万ドル
   社会的利益  死者の出る火災180件×(死亡による損失20万ドル+負傷による損失67000ドル)+車両炎上2100台×車両損失700ドル=4950万ドル
 1972年、追突されたピントが発火・炎上、運転手が死亡し同乗者が大火傷を負った。この事故をめぐる製造物責任訴訟で、「ガソリンタンクの位置を車軸の上に移す設計変更を行えば95%も安全性が高まることを知りながら、1台当たりのコスト上昇とスタイルが悪くなることを嫌い、設計変更をしないで発売に踏み切った」というフォード社の元技術担当重役の証言があった。
 このため陪審は、現実の損害賠償250万ドルに加え、1億2500万ドルの懲罰的損害賠償を命じた。しかし、これはあまりに高額であったため、後に裁判所は350万ドルに減額した。
(2)懲罰的損害賠償の根拠
 アメリカにおいて懲罰的損害賠償制度を正当化する根拠として挙げられているのは、①加害者自身に懲罰を与えること(特別予防)、②社会への見せしめとして他の者の類似の行為を抑制すること(一般予防)、③被害者の報復感情を満足させること、④私人に実損害の填補以上の利得を与えるというインセンティブを与えることによって、法目的の実現に積極的に参加させ、結果として社会から悪質な行為がなくなること、⑤実損害の賠償が完全には得られない場合にそれを補完する機能を営むこと、である。
(3)懲罰的損害賠償反対論
  これに対し、アメリカでも懲罰的損害賠償に反対する議論もある。反対論の根拠は、①ある行為が社会全体からみて許されないというのであれば、国家がその行為を刑事罰として処罰すべきである、②上限の無い不明確な処罰であって適正手続違反となる、③刑事罰との2重処罰になる、④最初の原告だけが懲罰的損害賠償を請求できるとしたら不公平であり、他方、最初の原告に限られないとしたら懲罰的損害賠償の多重処罰になること、⑤加害者側は、結局は懲罰賠償のコストを価格に転化するので、消費者全体のマイナスになるだけであること、である。
2、日本における懲罰的損害賠償
 それでは、この懲罰的損害賠償制度を日本にも導入することはできないか、以下、検討する。
(1)不法行為法の機能
  ⅰ)損害填補機能
 日本の民法成立に大きな影響を与えたドイツ民法の249条1項は、「損害賠償の義務を負う者は、賠償を義務づける事情が生じなかったとすればあったであろう状態を回復しなければならない」と規定しており、原状回復を一次的な目的とし、それが不可能な場合に損害賠償を命ずる(同条2項)という形になっている。
 これに対し、我が国の民法709条は、最初から、端的に金銭による損害の賠償を法律効果としている(民法722条1項、同417条)。
 ただ、いずれにせよ、不法行為法が、被害者に生じた損害を填補するという機能を有するという基本的な部分については違いがない。
  ⅱ)制裁機能、予防機能  不法行為法の損害填補機能以外の機能としては、加害者に対する制裁や類似の結果を回避するための予防(当該加害者についての特別予防及び一般予防)も問題となる。
 この点、不法行為法が、損害賠償を課することの反射的効果として、加害者に対する制裁として働き、一般予防ないし特別予防の機能を有することについては異論がないと思われる。
(2)不法行為法の目的
 これに対し、加害者に対する制裁や予防を不法行為法の目的とすることができるかについては争いがある。すなわち、不法行為法の目的を、損害の填補に加え、制裁や予防と捉えるならば、加害者の悪性が強い場合には通常の填補的な損害賠償に加え特別の損害賠償(懲罰的損害賠償)を認める余地があるからである。
 この点について述べたものとして以下の裁判例がある。
ⅰ)クロロキン薬害訴訟  肝臓疾患の治療薬として継続投与されたクロロキン製剤により網膜症に罹患した原告らが、国、製薬会社及び医療機関に対して提起した損害賠償請求訴訟である。原告側は、通常の慰謝料額の3倍程度の「制裁的慰謝料」の請求をした。
 東京高裁は、一般論として、「しかしながら、我国の民法における不法行為による損害賠償についての損害賠償制度は、不法行為によって被った損害を加害者に賠償させることのみを目的としているのであり、そのためには、加害行為の態様を前記の範囲で斟酌することで必要、かつ、十分であり、これを超えて加害者に懲罰、制裁を課するとか、不法行為の再発防止を図るとか、そのため慰謝料を高額のものとすることなどは、右制度の予測しないところであって、ゆるされない」とした。
(3)懲罰的損害賠償制度
 たしかに、「被害者が損害賠償制度によって逆に利益に属することがあってはならない、損害の填補以上の金銭を得て、むしろ他人が不法行為をしてくれたおかげで儲かったというのでは正義に反する」というは、一応もっともな主張である。我が国の不法行為法における損害論や因果関係論との関係でも、慰謝料に懲罰的損害賠償を直接組み込むことは困難であるのは否めない。
 しかし、民事上の不法行為責任が認められた場合に、加害者に損害の填補以上の制裁を加える必要がある場合があるのではないか。例えばピント事件のような「割に合う不法行為」は他にも想像に難しくない。典型的には、①他人の土地の無断使用②特許の無断使用③マスメディアによる名誉プライバシーの侵害などである。
 このようなフリーライド型・利益追求型と呼ばれる不法行為において、加害者が不法行為によって利益を保持することも認めてはならないのではないだろうか。被害者は損害賠償制度によって利益を得てはならないが、加害者は損害賠償制度によって利益を得ても良い、というのも正義に反すると考えられるのである。
 したがって、加害行為の抑止・制裁という目的を持つ、損害賠償に代わる制度が必要であると考える。
 (4)抑止的付加金制度
 そこで私見は、日弁連の民事裁判手続に関する委員会の提唱する抑止的付加金制度に賛成する。すなわち、要件を厳格に定め、損害賠償と合わせて被害者は加害者に付加金を請求できるとするのである。(付加金とするのは、損害賠償とは一応異なるものとすることで、これまでの不法行為法における損害論や因果関係論に変更をせまるものではないという趣旨と捉える。)
 この制度はもちろん刑事罰類似の側面を持つことは否めない。しかし、不法行為の態様が複雑化する現代社会において、「刑罰と損害賠償のそれぞれの守備範囲を再び検討しなおし、刑事責任と民事責任とを有機的に再統合することもあってよいのではないか。」(幾代通「不法行為法」)
 そう考えることができるのならば、懲罰的損害賠償反対論のいう1(3)①③の批判はあたらないことになる。 反対論の言う②④の批判については、付加金制度を、以下に述べる厳格な要件のもとで運用することで対処する。(以下は、日弁連の委員会の提唱を参考にしたものであるが、あくまで私見である。)
  ⅰ)故意(ないし故意と同視し得る)不法行為に限る。
 フリーライド型・利益追求型と呼ばれる不法行為に共通するのは、加害者がリスク計算をした上で「故意」に不法行為に出るという点である。民法709条は、故意と過失を区別していないが、抑止的付加金の目的は、あくまで「制裁・予防」であり、実損害以上の利益を被害者に与えるものであるから、被害者が加害者の「故意」を主張・立証してはじめて付加金の請求を認めるべきである。
  ⅱ)付加金の上限額は、「実損害の○倍まで」とする。
 付加金は刑事罰的色彩を併せ持つことから、憲法31条の適正手続が厳格に要求される。したがって、少なくとも付加金の上限については、予見可能性が要求され、予め「○倍まで」と定める必要がある。
  ⅲ)付加金額を定めるに当たって、全体の被害の範囲を裁判所の職権調査事項とする。
付加金の請求は、最初の原告に限らず認めるべきであると考えるが、多重処罰禁止の要請や、相次ぐ付加金の請求によって付加金額が莫大となりすぎることをおそれるあまり、企業活動が過度に委縮することは避けなければならない。
 したがって、故意不法行為に対する制裁・抑止の要請と、多重処罰禁止や企業活動の過度な委縮効果を避けるという要請の調和を図るため、裁判所は、職権で被害範囲を調査し、加害行為の制裁・抑止に必要かつ十分な範囲内で具体的付加金額を定めるべきであると考える。
3、さいごに
 以上の懲罰的損害賠償・付加金制度の議論は、とりわけ企業活動にとっては重要な問題である。資本主義社会においては、企業活動は利潤を追求しなければ生き残ることはできず、抑止的付加金制度が認められれば、企業はそのリスクを価格に織り込むだろう。その意味では、懲罰的損害賠償反対論の言う1(3)⑤の懸念は現実化するかもしれない。しかし、それは独占禁止法の下での価格競争等によって解決されるべき事柄だと考える。
 高度に発達する情報化社会においては、消費者と企業の情報力の差は開くばかりである。したがって、情報を持つ企業側の社会的責任として、これからもますます難しい経営判断が求められていくのではないだろうか。
                                         以上。

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